2 印象派に学ぶ

1886年の2月、ファン・ゴッホは弟テオを頼ってパリに行きます。

ここでは同年10月に第8回印象派展が開催され、ピサロやエドガー・ドガに加え、ゴーギャンやジョルジュ・スーラなど後にポスト印象派と呼ばれることになる若手の画家たちが参加していました。

ファン・ゴッホは彼らとともに制作をし、展示を行うなど交流を深める中でその作風を取り入れていきます。特に原色を対比させた明るい色遣いと、筆触の跡をはっきりと残す描き方は、その後のファン・ゴッホの道を決定的に方向づけました。

しかし彼は、ただ印象派を受け入れたのではなく、新たな技術を身につけることで、自分自身の欲求のまま自由に描くことを望みました。2年後に南仏に移動すると、麦畑や糸杉、オリーヴの木に魅せられ、それらをくり返し描きます。太くうねるような輪郭線、幾重にも原色を重ねた筆遣いによってほかに類の無い、ファン・ゴッホだけの芸術をつくりあげました。

※解説にくわえ、一部では作品にふれたファン・ゴッホの手紙()のやり取りを紹介。

印象派とは

19世紀後半にフランスで興った絵画運動。日常的な主題から受けた印象を直感的に表現し、絵画に大きな変革をもたらした。主に屋外で制作した彼らは、太陽光とともに移ろう一瞬の情景を捉えようと素早い筆致で描き、輝く色彩を再現するため絵の具を混ぜずに原色のまま画面に並置する技法などを生みだした。

※解説にくわえ、一部では作品にふれたファン・ゴッホの手紙()のやり取りを紹介。

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